エストニアの独立記念日と独立回復記念日

おとといの金曜日(2月24日)はエストニア独立記念日でした。エストニアの企業や官公庁、お店の多くはお休みになる祝日です。ただ、フランス等のヨーロッパの一部の国と異なり、エストニアでは祝祭日でもスーパーマーケットや、ショッピングモール、旧市街周辺の飲食店やお店はオープンしていますので観光にはそれほど影響がありません。

私たちにとっては、エストニアに引っ越して初めて迎えるエストニア独立記念日だったので、街がどんな様子かタリン中心部を散歩してみることにしました。

エストニア独立記念日のタリン

国旗掲揚日であるエストニア独立記念日。各家やマンションにはエストニアの国旗が掲げられ、バスやタクシーも小さな国旗をつけています。

旧市街から続くフリーダムスクエアには国旗が掲げられ、人々が小さな国旗をもって集まり、国歌斉唱や大統領の挨拶、その後にエストニア国軍のパレードが続きます。これまではNATO軍も参加していたそうですが、今年はどうだったんでしょう。

国歌を斉唱する兵士の行進の後には戦車が続き、上空には戦闘機が飛び交います。

そして中心部のカフェやレストランでは国旗モチーフのお菓子が提供されます。私たちはカラマヤ地区のカフェ「LEVIER」で国旗マカロンを食べました。このマカロン、テイクアウトで大量に買っていく人も・・・。独立記念日をお祝いするパーティで出すんでしょうか。

LEVIERはマカロン専門店でタリンには二店舗あるのですが、ラデュレを意識してるような(店名のフォントとかがそっくりなんですよね)とても可愛いお店です。ここのマカロンは1ユーロちょっとなのですが、とてもおいしいのでおススメです!ラデュレのマカロンは14個で7500円くらいしますし(一個500円以上)、ピエールエルメのマカロンも10個入りで4000円近くすることを考えると、この価格で美味しいマカロンが食べられるタリンは素晴らしい。

と、独立記念日から話がそれましたが、このパレード後、夜は旧市街近くのオペラハウスでレセプションが行われるとのことで、その様子はオペラハウス前のショッピングモール「ソラリス」のカフェ「コメート」から、少し見えるらしいです。

エストニアの独立記念日と独立回復記念日

このように国を挙げてお祝いしているエストニアの独立記念日ですが、実はエストニアには2月24日の独立記念日に加えて、独立回復の日が8月20日にあります。バルト三国の歴史は日本人にはなじみが薄いですが、これはエストニアの近代史が背景となっています。エストニアは歴史上、他の国の支配下に会った時代が非常に長い国であり、「どこで独立したか」をはっきりさせるのがなかなか難しいようなのです。

私も歴史に詳しいわけではないので、詳細はあまり理解していませんが、すごくざっくり言うと以下のような感じです。

~エストニアの近代史 超簡略版~

19世紀前後:エストニアは帝政ロシア→ソヴィエトロシアの統治下にあった。タリンのカドリオルグ宮殿や、旧市街のアレクサンドル・ネフスキー教会はこの時代のものです。

1918年:第一次世界大戦末期にロシア軍が劣勢になりエストニアから撤退。エストニア独立宣言をする。これがエストニア独立記念日(2月24日)。しかしその後、すぐにドイツ軍に制圧される。

1940年:第二次世界大戦の勃発を経てソ連に占拠される。ただし、エストニアはこの占拠を「不法なもの」としているため、独立は継続しているとみなしている(なので1918年からの独立記念日はそのまま)。戦後もソ連の支配続く。

1991年:第二次世界大戦後、バルト三国独立の機運が高まり、エストニアがソ連による「不法な占拠」から「独立を回復」。これがエストニア独立回復の日(8月20日)。その後、独立国家として現在に至る。

エストニアの近代史関連の観光名所

ほんとうにおおまかな流れだけを記載すると、以上のようなエストニアの近代史なのですが、タリンを訪れる人の中には旧市街だけでなくエストニア近代史に興味がある人もいるかもしれません。そんな時は以下のような場所を訪れるのがおススメです。

①フリーダムスクエア

エストニア独立戦争を記念したモニュメント(写真の十字架です)がある旧市街横の広場です。様々な式典もここで行われます。すぐ近くに日本大使館があります。これは6月14日の”The Sea of Tears’の写真。ソ連統治下で多くのエストニア人がシベリアに送られた事件の追悼記念日です。その多くは現地で亡くなりエストニアに戻ってくることはできなかったそうです。

②歌の原

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1988年「歌う革命」の舞台となった広場です。ソ連統治下ではエストニアの民族音楽は禁止されていたのですが、独立運動の高まりの中、多くのエストニア国民が抗議運動としてこの広場に集まりエストニア民族音楽を歌いました(=歌う革命)。

現在も数年おきに「歌と踊りの祭典」が行われています。このイベントはユネスコの無形文化遺産にもなっているようなので、次回(たぶん2019年)は見に行ってみたいですね。

ちなみにすり鉢状の地形を生かして、冬は子供がよくそりで遊んでいる場所です。

③エストニア占領博物館、タリンテレビ塔、エストニアKGB博物館

ナチスドイツや旧ソ連占領時代について学べる博物館です。博物館ふたつは旧市街からすぐにいける場所にありますが、タリンテレビ塔だけピリタにあるので、バスで30分くらいかかります。

エストニア占領博物館はエストニアの近代史全体を学ぶのにぴったりです。エストニアKGB博物館はソ連の秘密警察、ソ連国家保安委員会についての博物館。そんなに規模は大きくないようですが、ロシア大統領プーチンもかつて所属していたKGBについての博物館、興味深いのではないでしょうか。

タリンテレビ塔は基本的には展望台なのですが、ここは独立回復の際に自由な報道を守るためエストニアの通信士が立てこもり、突入してくるソ連軍兵士に対し、塔の設備を駆使して対抗したという話が残っています。


私にとってエストニア近代史をより深く知る機会となった独立記念日。

エストニアの各ショップも国旗モチーフの写真をインスタにアップしてました。三色国旗の国ってこういうことできていいですよね。

クールな色合いがおしゃれなエストニア国旗ですが、この黒は大地を表すとともにエストニアが占領されていた暗黒の時代を表してもいるそうです(青は空や海、希望・団結、白は雪・氷と幸福の追求を表しています)。

かつての占領国ドイツとは現在友好関係にあるエストニアですが、ロシアの脅威は現在進行形ともいえます。EUが崩壊しかけていたり、トランプが大統領になったりと間接的にバルト三国の安全保障にも影響が及びそうなニュースが多い中、夫と二人、外国人ながらもエストニアの平和と繁栄を願った独立記念日でした。

 

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